1980年にWHOは天然痘の根絶を高らかに宣言し、20世紀中には人類は感染症を征圧できると誰もが信じて疑いませんでした。しかしながら、血液製剤や麻薬によるエイズやウイルス性肝炎の蔓延、2002年に突如として出現した重症急性呼吸器症候群 (Sever Acute Respiratory Syndrome: SARS)による大混乱、トリインフルエンザや口蹄疫による家畜の大量殺処分、そして、ヒトインフルエンザの世界的大流行が秒読み段階に入ったとのマスメディアの過剰反応などで、多くの方がウイルスに関心をもつようになりました。しかしながら、必ずしも正確な情報が一般の方にきちんと届いているとは言えません。情報が錯綜し皆が浮き足だった時こそ、ウイルスとは何かを考え直す絶好のチャンスだと思います。
細菌は栄養素がありさえすればどこでも増えることができますが、ウイルスは生きた細胞でしか増殖できない”偏性細胞寄生性”の生命体です。細胞と旨く折り合いを付けて長く居座るC型肝炎ウイルスやヘルペスウイルス、後先かまわず大暴れして細胞をめちゃくちゃにして出て行くSARSコロナウイルスやインフルエンザウイルスなど個性は様々です。いずれにしてもウイルスは細胞にとっては“招からざる客”ですから、生体は排除を試みます。微研の審良教授の研究グループを中心とした自然免疫学の進展により、ウイルス感染によるインターフェロンの産生機構がほぼ解明されました。その結果、ウイルスは自然免疫を強引に捻じ伏せたり、あるいは巧みに回避していることが明らかになってきました。即ち、ウイルスは人間よりも遙か昔から自然免疫を理解して、対抗策をきちんと整備していたことが分かります。ウイルスは細胞を熟知しており、本当は宿主にダメージを与えることなく共生したいはずです。人為的な要因でウイルスが初対面の宿主に遭遇し、慣れない環境で暴走したのがSARSのような新興感染症だとも考えられます。また、逆転写酵素、スプライシング、リボゾーマルフレームシフトなどの細胞生物学のエポックは、ウイルス研究による成果です。この様にウイルス研究は、感染症の征圧だけでなく、細胞の仕組みを理解することにも大きく貢献してきました。
ウイルス研究者を目指して大学院への進学を真剣に考えている方、微研は医学部の付属施設なので、農学部や工学部の出身者には敷居が高いのでは・・・、興味はあるが関西はちょっと・・・と決心のつかないあなた、是非御一報下さい。私も農学部出身の獣医師ですし、10年前に東京から大阪へ移りました。微研は能力のある人材は正当に評価してくれますし、研究環境は申し分ありません。東京や京都の人の気質に比べ、大阪人は世間体をあまり気にせず、温かくておもしろいので、個人的にはとても気に入っています。大阪のおばちゃんはみんな親切で、飴ちゃんを持っているのは本当です。あなたもウイルスの面白さ、研究する人生の厳しさや喜びを体感し、自立した研究者として羽ばたいて見ませんか。研究者にとって一番大切なものは、自らリスクを負い未知の領域へチャレンジすることです。謙虚に、直向きに実験に打ち込む学徒にセレンディピティーは舞い降りてくれるものと信じています。一緒に夢にチャレンジしませんか。研究室の見学は随時大歓迎です。
我が身を極限まで削ぎ落とし、自分の設計図だけを小さな殻に詰め込んで、細胞間を渡り歩きながら子孫を維持しているウイルスは、凄さを通り越して美しささえ感じさせる生命体です。ウイルスを通して見えてくる、自然の不思議、美しさをみなさんと共感し、次世代を担う研究者がたくさん微研から“出芽”してくれることを願っています。
「人間は努力する限り、悩むものである」ゲーテ
2012年夏
松浦 善治
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大阪大学微生物病研究所
感染症総合教育研究拠点 ウイルス制御学グループ
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