研究内容 RESEARCH

HCVの感染者は、日本で200万人、全世界で2億人と推定されています。ペグ化インターフェロンとリバビリンの併用療法により、遺伝子型が1bでウイルス量が多い難治性のC型肝炎患者でも、半数に著効が期待できるようになってきました。HCVは血液や血液製剤を介して感染し、10〜30年の長期に渡って持続感染し、脂肪肝や肝硬変を経て肝細胞癌に至ることが知られています。1989年にカイロン社の研究グループは、チンパンジーの感染血漿から新しいフラビウイルス科の遺伝子を単離しました。ほとんどの非A非B型肝炎患者の血清中に、このウイルスの遺伝子産物に対する抗体が検出されたことから、この遺伝子が原因ウイルスのものであることが証明され、HCVと命名されました。その後、1992年にはコア蛋白質も抗原に加えた第二世代の抗HCV抗体のスクリーニング系が確立され、輸血後C型肝炎はほぼ制圧されました。感染研の脇田先生によって遺伝子型2aのウイルス株(JFH1株)を培養細胞で増殖させる技術が確立されましたが、インターフェロンに抵抗性を示し、臨床現場で問題となっている、遺伝子型1aや1bのHCVの細胞培養系は未だ確立されていません。また、ヒト以外でHCVに唯一感受性を示すチンパンジーを感染実験に供することは倫理的に難しく、HCV感染による病原性の発現機構は未だ多くの謎に包まれたままです。

HCVはフラビウイルス科ヘパシウイルス属に分類され、約9.6kbのプラスセンスの一本鎖RNA(mRNAとして機能できる)をゲノムとして持つウイルスです。ゲノムの5’非翻訳領域(UTR)に存在する複雑な二次構造をとるIRES (Internal Ribosomal Entry Site)によって、通常のmRNAと違って、キャップ非依存的に約3000アミノ酸からなる巨大な前駆蛋白質が翻訳され、宿主由来およびウイルスがコードするプロテアーゼによって、前駆蛋白質より10個のウイルス蛋白質が産生されます。前駆蛋白質のN末端側1/3にはコア蛋白質とE1およびE2糖蛋白質が存在し、ウイルス粒子はゲノムRNAとコア蛋白質からなるヌクレオカプシドの周囲を、宿主由来の膜成分とE1およびE2蛋白質が取り囲んで構成されます。前駆蛋白質のC末端側2/3には、イオンチャネル活性のあるp7、ウイルスの成熟や複製に関与する非構造蛋白質、NS2, NS3, NS4A, NS4B, NS5AおよびNS5Bが存在します。特にNS3はセリンプロテアーゼやRNAヘリカーゼとして、NS5BはRNA依存性RNAポリメラーゼ(RNA- dependent RNA polymerase; RdRp)として、ウイルス蛋白質の成熟やウイルスゲノムの複製に寄与しています。

HCVは細胞表面に存在するヘパリンやヘパラン硫酸などの硫酸多糖類にまず捕捉されて濃縮されます。2つのエンベロープ蛋白質の中で、E2蛋白質がHCVの受容体に結合すると考えられています。E1蛋白質は細胞融合の時に作用すると考えられていますが、細胞融合機構やE1蛋白質と結合する受容体は見つかっていません。硫酸多糖類に捕捉されたHCV粒子は、感染受容体分子の一つであるヒトCD81(hCD81)と結合して細胞への侵入を開始します。リポ蛋白質(ApoE)などの脂質成分をまとったHCVは、ヒトスカベンジャー受容体クラスBタイプI型(hSR-BI)や低密度リポ蛋白質受容体(LDLR)とE2蛋白質を介して特異的に結合します。その後、タイトジャンクション蛋白質のClaudin-1とOccludinを介してエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれます。HCVが細胞内に侵入するには、4つの受容体候補分子が必須であると考えられていますが、その相互作用は明らかにされていません。細胞内に取り込まれたウイルス粒子は、初期エンドソームの低いpH環境下でエンベロープ蛋白質の構造が変化し、ウイルス膜とエンドソーム膜が融合して、ウイルスのゲノムRNAが細胞質内へ放出されます(脱殻)。

細胞内で脱殻したウイルスゲノムはそのままmRNAとして機能して、粒子形成やゲノム複製に必須なウイルス蛋白質が翻訳されます。複製したゲノムRNAは、コア蛋白質と結合してヌクレオキャプシドを形成し、小胞体膜上に集合したE1とE2蛋白質を被って粒子を形成し、小胞体内腔へ出芽します。小胞体内腔のウイルス粒子はいくつかの段階を経て成熟し、最終的には細胞外へ放出されると考えられています。出芽や放出機構に関しては不明な点が多く、精力的に解析していこうと考えています。

最近、IL-28B遺伝子の近くに存在する一塩基遺伝子多型(SNP)がペグ化インターフェロンとリバビリンの併用療法の効果予測に極めて有用であることが報告されました。私達は九大消化器総合外科学教室との共同研究で、肝移植の症例でもこの遺伝子解析が有用であることを見いだしました。また、レシピエントとドナーの肝組織における、インターフェロンによって誘導される遺伝子群(ISG)の発現量は、IL28B遺伝子多型がマイナーなレシピエントだけで上昇していることが分かりました。IL28B遺伝子多型によって、HCV感染による免疫応答が異なり、マイナーの患者ではISGの誘導が高くなり、IFNの感受性が低くなることが考えられます。現在、IL28B遺伝子多型とISGの発現との関連と、ISGの発現がIFN感受性を規定するメカニズムを調べています。

私達はHCVの複製複合体の構成因子であるNS5Aと結合する分子として、Hsp90のコシャペロンであるFK506-結合蛋白質の一つであるFKBP8と、Rac1の下流に存在するシグナル伝達因子であるヒトbutyrate-induced transcript 1(hB-ind1)を同定しました。また、脂質輸送や小胞体ストレスに関与しているVAP-A/Bが単量体で、あるいは二量体を形成してNS5AとNS5Bに結合することも明らかにしました。これらの分子の発現を抑制したり、変異体を過剰に発現するとHCVの複製が著しく減弱することから、これらの宿主因子はHCVの複製に重要な宿主因子であることが分かりました。VAP-Bのスプライシング変異体であるVAP-CはNS5Bとだけ結合できることから、VAP-A/BのNS5Bへの結合を阻害することで、HCVの複製を抑制することが示されました。興味深いことに、HCVの標的臓器である肝臓ではVAP-Cは全く発現していないことも明らかになりました。ウイルスのプロテアーゼやポリメラーゼなどを標的とした抗ウイルス剤に対しては、薬剤耐性ウイルスが出現することが大きな問題となっています。宿主蛋白質はウイルス蛋白質よりも変異の頻度が遙かに低いため、ウイルスの複製に必須な宿主因子を標的とした抗ウイルス薬は、耐性ウイルス株の出現を抑制できるものと考えられます。実際、Hsp90の阻害剤はポリオウイルスの感染に対して、耐性ウイルスを出現させることなくウイルス増殖を抑制することが知られています。

細胞にはゲノムにコードされた長さ20-25塩基ほどの蛋白質には翻訳されない1本鎖RNA、microRNAが存在することが知られています。一般的にmicroRNAはmRNAの切断や3’UTRに結合してリボゾームによる翻訳を阻害することが知られています。肝臓特異的に発現しているmicroRNA-122(miR122)は、これまでのmicroRNAの機能とは大きく異なり、HCVゲノムの5’UTRに結合して翻訳を亢進することが分かってきました。私達はmiR122の発現が非常に高いヒト肝癌由来のHuh7細胞ではなくて、発現量の低い細胞株に外からmiR122を導入して、miR122によるHCV RNAの翻訳やゲノム複製の促進機構を解析しています。

HCVの実験室株(JFH1ウイルス)は樹立されましたが、病原性を保持した患者血清中に存在する本物のHCVを培養できるシステムはありません。これまでに様々な代替法を用いて研究が行われてきましたが、HCVの病原性の解明や有効な治療薬の開発には、患者血清由来のHCV(HCVser)を増殖できる細胞培養システムの確立がキーとなります。患者の血清中には多種性(quasispecies)を示すヘテロなウイルス集団が存在しており、宿主免疫応答を巧みに回避していることが知られています。そこで、一人の患者からHCVのエンベロープ遺伝子をたくさんクローニングし、それぞれのエンベロープ蛋白質を被ったシュードタイプウイルスを作製しました。これらのシュードタイプウイルスのヒト肝癌細胞(Huh7)への感受性は多様であり、標的細胞への親和性が異なるウイルスの存在を示唆しています。癌細胞株と違って、初代肝細胞はHCVserの感染を許容することが報告されており、初代肝細胞には何らかのHCVser増殖に必須な因子が保持されていると考えられます。私達はHCVの感染増殖に必須な宿主因子を補填することによって、HCVserの増殖を許容できる細胞株の樹立に挑戦しています。

前駆体蛋白質として翻訳されたコア蛋白質はC末端領域に膜貫通領域を持ち、この領域は次に続くE1蛋白質のシグナル配列として働きます。コア蛋白質はシグナルペプチダーゼ(signal peptidase; SP)によって前駆体から切り離され、191アミノ酸からなる未成熟コア蛋白質が生成されます。さらにC末端の14アミノ酸がシグナルペプチドペプチダーゼ(signal peptide peptidase; SPP)によって切り離され、177アミノ酸の成熟コア蛋白質が生成されます。コア蛋白質はSPPによってC末端膜貫通領域の半分が切除されますが、上流の疎水性領域によって小胞体膜表面への局在が維持されます。この領域はコア蛋白質の脂肪滴へ局在にも関与しており、SPPによる切断がコア蛋白質の小胞体膜から脂肪滴への移行に重要な役割を果たしていることを支持しています。HCVの複製複合体は細胞内膜に由来する特殊な膜構造体の中に局在し、複製したゲノムRNAはNS5A蛋白質を介して脂肪滴表面に蓄積したコア蛋白質に渡されてヌクレオキャプシドを形成し、エンベロープ蛋白質を被ってウイルス粒子が出芽するというモデルが提唱されています。生化学的な解析から、SPPによるコア蛋白質の切断は、コア蛋白質が界面活性剤耐性膜(detergent- resistant membrane; DRM)へ局在するのに重要であり、HCVの複製複合体もDRMに局在し、さらに、DRMと同様にウイルス粒子もコレステロールに富むことから、形態的に観察される脂肪滴周囲膜とDRMとの関連性に興味を持っています。さらに、SPPに耐性な変異をコア蛋白質に導入すると、HCVの複製は影響を受けませんが、ウイルス粒子の出芽が阻害されることから、HCVの粒子形成にはSPPによるコア蛋白質のプロセシングが重要であると考えています。

HCVに感染すると高率に慢性化し、脂肪肝を経て肝硬変・肝細胞癌へと移行します。HCVの持続感染による慢性肝炎が、肝癌発症の原因の一つと考えられていますが、激しい慢性肝炎を起こす自己免疫性肝炎では肝発癌は希です。したがって、慢性的な炎症によって繰り返される細胞死と再生による遺伝子異常の蓄積だけではなく、HCVの構成因子が肝発癌に直接関与しているものと考えられています。東大消化器内科学の小池教授が作出した、HCV蛋白質を発現するトランスジェニックマウス(コアTgマウス)の成績から、コア蛋白質がHCV感染による肝脂肪化と肝細胞癌の発症に深く関与していることが示されました。脂肪酸や中性脂肪は脂肪滴の構成因子で、脂肪滴の蓄積が脂肪肝の原因です。核内受容体型転写因子のLXRαやRXRαは脂肪酸や中性脂質の合成に関連する遺伝子の転写を調節しています。コアTgマウスは高率に脂肪肝を発症し、16ヶ月齢以降になると肝細胞癌を発症します。私達はコア蛋白質が核内のプロテアソーム活性化因子PA28γに結合して分解されることが、LXRαやRXRαを活性化させて脂肪酸合成酵素などの遺伝子発現を亢進させ、さらに、PA28γ遺伝子の欠損によってコアTgマウスにおける肝細胞癌発症が消失することを報告しました。また、C型肝炎患者ではインスリン抵抗性を示す2型糖尿病の発症率が高いことが知られています。2型糖尿病は、肝臓でのグルコース産生の亢進による高血糖とインスリン抵抗性による高インスリン血症が主徴です。肝細胞のインスリン反応性の低下によって膵島からのインスリン産生が増加し、結果的に血液中のインスリン濃度が上昇して高インスリン血症となる訳です。コアTgマウスは脂肪肝を発症するよりも早期にインスリン抵抗性を示し、インスリン感受性の低下要因の一つと考えられているTNFαの産生亢進が観察されます。PA28γ遺伝子を欠損させたコアTgマウスでは脂肪肝や肝細胞癌だけでなく、インスリン抵抗性の発症も完全に消失することから、PA28γはコア蛋白質による病原性発現に大きく関わっていることが明らかになってきました。

ウイルス感染によって生成された二重鎖RNA(dsRNA)は、細胞内のRNAセンサーであるRIG-Iやエンドソーム内腔のTLR3に認識されて抗ウイルス活性を誘導します。RIG-IとTLR3はそれぞれ、IPS-1とTRIFと呼ばれるアダプター分子を介してインターフェロン(IFN)の産生を誘導します。HCVのNS3/4Aプロテアーゼは、これらのアダプター分子を特異的に切断してIFNの産生を制御することによって持続感染していると考えられています。一方、一本鎖のRNAや非メチル化CpGDNAはTLR7とTLR9によって認識され、肝実質細胞よりも形質様樹状細胞でのIFN産生に関与しています。慢性C型肝炎患者では形質様樹状細胞のリガンドに対する不応答性、成熟活性化マーカーの発現低下、細胞数の減少などの機能不全が報告されていますが、HCVの直接的な干渉作用は分かっていません。私達は、HCVのNS5Aを発現させたマウス単球由来細胞株RAW264.7細胞では、TLRリガンドの刺激による炎症性サイトカインやMAPKの活性化が顕著に抑制されることから、慢性C型肝炎患者の形質様樹状細胞でのTLRシグナル不応答性の要因の一つである可能性を提示しました。

HCV のNS3/4Aプロテアーゼは、細胞内のRNAセンサーであるRIG-I のアダプター分子であるIPS-1を切断してインターフェロン(IFN)産生を制御しています。そこで私達は、遮断された場所よりも下流で自然免疫を誘導すれば、HCVを排除できるのではないかと考えました。そこで、IPS-1のHCVプロテアーゼによる認識配列と小胞体残留シグナルを付加したIFN誘導転写因子7(IRF7)の変異体(cIRF7)を作成しました。cIRF7は、HCVが複製している細胞では、プロテアーゼによって切断されて核に移行し、IFNを誘導し、抗ウイルス活性を発揮しました。この様な手法を用いれば、非感染細胞への負荷を軽減できるばかりでなく、感染細胞を温存したままで、ウイルスを特異的に排除できる可能性が考えられます。

オートファジーは細胞内の蛋白質やオルガネラを分解するシステムで、栄養飢餓などの様々なストレスによって誘導されます。オートファジーは細胞内の代謝機能を担っていますが、細胞内に侵入したバクテリアや凝集蛋白質の分解、さらに、ウイルス感染によってもオートファジーが誘導されることが報告されています。そこで私達は、HCV感染によって誘導されるオートファジーの意義を解析しています。HCVに感染した細胞でオートファジーの誘導をAtg4Bの変異体で阻害しても、ウイルス増殖はほとんど変化していませんでした。しかしながら、オートファジーを抑制すると、感染細胞に著しい空胞が形成され細胞死を誘導しました。これらの成績から、HCVはオートファジーを誘導することによって細胞死を制御しているのではないかと考えています。

HEVのキャプシド蛋白質をコードする遺伝子をバキュロウイルスで昆虫細胞に発現させると、N末端側121アミノ酸が切断された、本物のウイルス粒子より小型のウイルス様粒子(HEV-LP)が培養清中に大量に分泌されます。この粒子を精製して結晶化し、粒子構造のX線構造解析を行いました。HEV-LPは経口投与でも強く抗体を誘導できることから、私たちはこのHEV様粒子に外来蛋白質を組み込んだ組換え粒子を作製し、多価ワクチンの作製を試みています。

バキュロウイルスは昆虫の病原ウイルスです。バキュロウイルスは昆虫細胞に感染すると核内で増殖し、はじ めに太鼓の鉢状の出芽ウイルス(BV)が産生され感染を拡大させます。感染後期になると核内に多角体と呼ばれる封入体が大量に産生され、その中に封入体由来ウイルス(ODV)が封埋されます。このようにバキュロウイルスは二種類の形の異なるウイルス粒子を産生します。また、多角体は感染後期には全感染細胞蛋白質の50%を占めるまでに発現されほど、そのプロモーター活性は強力です。多角体プロモーターの下流に外来遺伝子を組み込むことにより、目的蛋白質を大量に発現できることから、バキュロウイルスは真核細胞での遺伝子発現系として汎用されています。ベクターとして利用されているのは主にBVの方です。

バキュロウイルスは昆虫細胞での遺伝子発現系として汎用されてきましたが、1995年にバキュロウイルスが哺乳動物細胞にも効率よく外来遺伝子を導入できることが示されました。ほ乳動物細胞に感染して核まで遺伝子を運びますが、ウイルスが増殖することはありません。バキュロウイルスはほ乳動物細胞への遺伝子導入ベクターとしてはかなり魅力的であることが示されました。バキュロウイルスの哺乳動物細胞への侵入機構に関しては、いくつのも相反する報告がありますが、私達はこの点に関しても詳細に解析を進めています。

私達はバキュロウイルスによるほ乳動物細胞への遺伝子導入効率を上げるため、多角体プロモーターの下流に各種ウイルスのエンベロープ蛋白質やリガンドの遺伝子を組み込み、それらの蛋白質を粒子表面に搭載できるシュードタイプウイルスの作製システムを開発しました。水疱性口内炎ウイルス(VSV)のエンベロープ蛋白質のG蛋白質は、広範囲な動物細胞株へ感染できることから、シュードタイプウイルスのリガンドとして広く用いられていますが、G蛋白質とバキュロウイルスのエンベロープ蛋白質であるGP64の両方を搭載したキメラシュードタイプウイルスは、野生型のバキュロウイルスに比べ、100倍から1000倍も高い遺伝子導入が認められます。しかしながら、バキュロウイルスは血清中の補体によって不活化され、動物個体への遺伝子導入は成功していません。GP64を被ったVSVのシュードタイプウイルスが補体に対し抵抗性を示すことが知られていますが、私たちはGP64が補体抵抗性因子のDAFと結合して、DAFをウイルス粒子に取り込むことで補体抵抗性を獲得することを見いだしました。DAFを発現している昆虫細胞で作製したバキュロウイルスは動物の補体に抵抗性を示すことも分かりました。

自然免疫学の急速な進展により、ウイルスゲノムによるIFNの誘導機構の全容が明らかにされつつあります。特に、自己および非自己のDNA成分を認識してインターフェロン(IFN)を誘導する分子の同定や、それらの自己免疫性疾患への関与が報告されています。私たちはバキュロウイルスのゲノムDNAが形質様樹状細胞以外の免疫系・非免疫系細胞で、TLR/RIG-like receptor (RLR)非依存的にIFNを産生することを、各種遺伝子欠損マウスを用いた実験から明らかにしました。現在、バキュロウイルスDNAを認識する細胞分子の探索とアジュバントとしての有用性の解析を進めています。

JEVはフラビウイルス科に分類され、極東から東南アジア、南アジアに分布している日本脳炎の原因ウイルスです。JEVはコガタアカイエカとブタの間で感染環が形成されており、ブタの体内で増殖したウイルスを蚊が吸血して、ヒトに媒介します。ヒトからヒトへの感染拡大はありません。発症率は0.1~1%で多くの場合は感染しても無症状で経過します。しかし、発症すると20~40%という高い死亡率を示し、回復しても高率に後遺症が残ります。ワクチンによって制御されてはいますが、未だに日本でも毎年数人の患者が報告されています。また、発症後に有効な治療法はなく、対症療法しかありません。

インフルエンザウイルスとボルナウイルス以外のRNAウイルスは細胞質で複製します。しかし、JEVのウイルス粒子を構成するコア蛋白質は小胞体で合成された後、細胞質だけでなく核(特に核小体)でも検出されます。JEVのコア蛋白質は核小体で何をしているのでしょうか?私達は核移行を阻害したコア蛋白質を持つ変異JEVを作製して、コア蛋白質の核移行がJEVの増殖や病原性にどのように関与しているのかを調べてきました。これまでにコア蛋白質の核移行を阻害すると、蚊由来細胞では変化はありませんが、ほ乳動物細胞でのウイルス複製が低下し、マウスへの病原性が消失することを明らかしました。また、コア蛋白質の核移行には核小体蛋白質であるB23という分子が関与していることも明らかにしてきました。現在、コア蛋白質の核移行と病原発現に関係する宿主因子を解析し、新規治療薬開発の糸口を見いだせるよう研究を進めています。

フラビウイルスはもともと昆虫のウイルスでした。私達はJEVがコア蛋白質を核へ移行させることによって種の壁を越え、ブタを増幅宿主として感染環に組み込むことに成功したのではないかと考えています。ヒトとチンパンジーにしか感染できないHCVのコア蛋白質にもJEVと同じ位置に核移行に必須なグリシンとプロリンの二つのアミノ酸が保存されています。コア蛋白質を核へ移行させて種の壁を越えたフラビウイルスの中で、ヒトに特化(馴化)したウイルスがHCVではないかと考えています。進化や病原獲得機構の観点から、フラビウイルスのコア蛋白質が核へ移行する現象はとても興味深いと考えています。

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